研修の「場」が、人と組織をつなぐ|私たちが場にこだわる理由

今の時代、知識を得るだけなら書籍や動画、eラーニングもあります。生成AIに聞けば、たいていのことにはすぐ答えが返ってきます。正直なところ、何かを知るためだけに全員が同じ部屋に集まる必要は、もうあまりないのかもしれません。
それでも企業は研修をして、社員はその日の仕事を止めて集まります。その時間にしかない価値があるとすれば、それは何でしょうか。20年以上、研修と人材育成を続けてきた私たちザ・アカデミージャパン(AJ)が今考えていることをまとめてみました。
資料には書いていない、リアルな「場」に価値がある
研修中には出なかった言葉が、休憩時間になると、ぽろっと出てくることがあります。
例えば、心理的安全性研修だと…
「言っていることは分かるんですけど、うちの会社では難しいと思います」
私たちは、こういう一言を大切にしています。
休憩が明けると、講師はその一言を手がかりに、少し話を広げてみることがあります。
「心理的安全性が大切なのは分かるけれど、実際の職場ではなかなか難しい。そんなこともありますよね」
すぐに反応が返ってくるとは限りません。講師は受講者の表情やその場の空気を見ながら、問いかけ方を変えたり、少し待ってみたりします。そうして誰かが口にした一言から、思いがけず話が広がることがあります。なぜ、自分たちの職場では意見が出にくいのか。会議で黙っている人は、何を考えているのか。教科書に書かれた心理的安全性の話が、いつの間にか、自分たちの職場の話になっていきます。
ここが今日の肝だと判断したら、講師は予定していた演習を短くしてでも、この対話に時間を使います。受講者の言葉を拾い、整理しながら、その日に学んだことと結び直していくのです。
もちろん、研修は行き当たりばったりで進めているわけではありません。テーマに沿って、1日の流れが一本のストーリーになるようにカリキュラムを組み立てています。ただ、同じプログラムであっても、集まる人が違えば、出てくる言葉も、議論が深まるところも違います。だからこそ、講師には、予定どおりに進める力だけでなく、その場で生まれた言葉を拾い、何を深めるべきかを見極める力が求められます。
資料に書いてあることは、後から読み返すことができます。(AJのテキストはそういう作りです)でも、その日、そのメンバーだからこそ生まれた会話や気づきは、同じように再現することはできません。私たちが研修の「場」を大切にするのは、そこに、知識を伝えるだけでは生まれない価値があると考えているからです。
場をつくるのは、ファシリテーション
ただ、人を集めれば自然に対話が生まれるわけではありません。講師が「何でも言ってください」と呼びかけたくらいで、本音が出てくることはまずないからです。
いきなり全員の前で話してもらうのではなく、まずは隣の人や少人数で話す時間をつくる。講師から「正直、うちの会社では難しいと思った方もいるかもしれません」と、言いにくいことを先に口にしてみる。誰かが話し始めたら、その言葉をどう拾い、どこまで掘り下げるかを考える。意見が食い違ったときも、無理に一つの結論にまとめるのではなく、なぜ考え方が違うのかを一緒に考えてもらう。こうした一つひとつの働きかけが、少しずつ場の空気を変えていきます。
ただし、話しやすい雰囲気をつくること自体が目的ではありません。
大切なのは、その先に何が生まれるかです。ただ、話しやすい雰囲気をつくることが目的ではありません。普段は表に出ない考えを引き出し、異なる意見をつなぎ、参加者自身が新しい気づきを得る。そこにファシリテーションの価値があると考えています。
経営層の言葉を引き出す、対話の場づくり
最近、私たちの研修で取り入れているものの一つに、経営層と講師による対談セッションがあります。
講師がインタビュアーとなり、経営層の考えや思いを聞いていくスタイルです。普段、社員が直接聞く機会の少ない話や聞いてみたいけれど聞きにくいことも、講師が代わりに質問します。予め用意した質問を順番に聞くだけではありません。話の流れや会場の反応を見ながら、気になった言葉を掘り下げたり、時には少し踏み込んだ質問をしたりする。そうすることで、経営層自身も普段はあまり口にしない考えや本音が自然と言葉になっていくことがあります。
経営層にとっては、自分の考えを改めて言葉にする機会になり、社員にとっては、普段の会議や朝礼では聞けない思いに触れる機会になる。同じ会社で働いていても、意外と知らなかったお互いの考えが見えてくるのです。
ここでも講師の役割は、単に話を聞くことではありません。相手の言葉を引き出し、伝わる形に整理し、時には聞いている社員の立場から問い直す。立場の異なる人たちの間に入り、相互理解を深めることもファシリテーションの大切な役割です。
こうした取り組みを続ける中で、最近では研修そのものではなく、話し合いの場を進めるファシリテーションの依頼をいただくこともあります。
知識を伝えることだけが、講師の仕事ではありません。普段は表に出てこない言葉を引き出し、異なる考えをつなぎ、参加者自身が新しい気づきや答えを見つけていく。その過程を支えることにも、講師の大きな価値があると私たちは考えています。
対話によって、何が生まれるのか
対話の面白いところは、自分一人では気づかなかったことに、誰かの言葉を通じて気づけることです。
同じ職場で働いていても、見えている景色は一人ひとり違います。自分にとっては当たり前のことが、誰かにとっては負担になっているかもしれない。反対に、何気なくやっていたことが、誰かの助けになっていたと知ることもあります。
こうした違いは、普段の仕事の中ではなかなか見えてきません。だからこそ一度立ち止まって、お互いの考えを言葉にする研修という時間には意味があります。対話をすれば、必ず答えが見つかるわけではありません。意見がまとまらないこともあります。それでも、相手がなぜそう考えるのかを知るだけで、その人への見方が変わることがあります。
私たちは、こうした小さな気づきの積み重ねが、一緒に働く人たちの関係性を変えていくきっかけになると考えています。
研修が終わったあとに、残るもの
研修が終われば、受講者はいつもの職場に戻っていきます。目の前の仕事が変わるわけでも、職場の問題がすぐに解決するわけでもありません。
それでも、あの研修で聞いた誰かの一言が、ふとしたときに思い出されることがあります。「あの人は、そんなふうに考えていたんだ」「同じように感じていたのは、自分だけじゃなかった」そんな気づきが、いつもの会議や同僚との関わり方を少し変えるきっかけになるかもしれません。
もちろん、研修の場が盛り上がれば、それで成功というわけではありません。大切なのは、そこで生まれた気づきや対話が、その後の仕事にどうつながっていくかです。私たちは、知識を持ち帰るだけでなく、職場で一緒に働く人への見方や、コミュニケーションが少しでも変わるような研修をつくりたいと考えています。
そのためにも、何を教えるかと同じくらい、どんな「場」をつくるかを大切にしていきたいのです。
著者
AJ編集部
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